現在、日本では自動販売機で買うジュースの値段は120円だ。
1000円札で買うとお釣りは、880円。
1000円-120円=880円
そんな式が成り立つ。
これは机上での話。
では実際にジュースを買うことを考えてみる。
880円のお釣りの内訳は。
500円玉 × 1枚
100円玉 × 3枚
50円玉 × 1枚
10円玉 × 3枚
1枚の1000円札が
ジュース1本と、8枚の硬貨になって返ってくる。
しかし、これが最小単位の8枚。
僕が1000円札でジュースを買うと、
100円玉 × 8枚
10円玉 × 8枚
の計16枚の硬貨かが返ってきた。
まぁ、理論上は10円玉が88枚のお釣りも
可能であるから最大とは言及できないが、
かなりの枚数だ。
どんなことが起こったか想像して欲しい。
⇒つり銭口に硬貨が溜まり過ぎて、
⇒プラスティックのカバーが動かないので、
⇒硬貨が取り出せない。
そんな状態が起こってしまった。
三十路の僕はまるで、全く悪いことをしている訳ではないが
何だか、悪いことをしているのか如く、体を縮めて、
つり銭口にそっと指を伸ばし、
1枚1枚、硬貨を取り出す作業に精を出していた。
まぁ、何事も最悪のケースを考えて行動するものだと思う。
16枚のつり銭は有り得る話で、
そんなことに苦労した人も少なくないと思う。
大人になってくると、最悪の事態を考えて
何事にも踏み切る。
私事で恐縮だ。僕は最悪のケースを読み切った。
骨折で10kgの減量に成功した僕。
そしてブカブカになったスーツ達。
新しく、細身のスーツを購入する僕。
しかしブカブカのスーツ達を処分しなかった僕。
そして5kgのリバウンドに成功した僕。
ブカブカのスーツ達が着れる僕。
もしブカブカのスーツを捨てていなかったら
今頃は、家には着れるスーツが無くなって、
また、スーツを購入していったことだろう。
僕は読み切った。
S
2008年1月23日水曜日
物事の捉え方。
久しぶりにメッセージを残そうと思う。
久しぶりと言うか、2008年になって20日が過ぎ、
初めてまともな言葉で、メッセージを残そうとする
自分の怠慢さに何の言葉も無い。
幼い頃、楽しみにしていたことがあった。
冬になって雪が降ると、何だかいつもと
違った風景に胸をワクワクさせていた。
月明かりが雪に反射して薄っすらと明るい夜。
学校へ向かう途中に踏みしめる雪の音。
雪遊びで手袋から雪が染みてくる冷たい感覚。
雪がゆっくりと大地に降り注ぐ幻想的な風景。
誰も踏み入れていない積もる雪を見ると
それを目掛けて一所懸命に走っていった。
窓から雪が降っている光景を教室から眺めながら、
「もっと降って欲しいと、もっと積もって欲しい」と
心から願い、休み時間明けの雪合戦に備えていた。
そんな雪が、今日、関東地方に降った。
僕の記憶では、ここまで降るのは久し振りだろう。
と言っても、積雪は5cmにも満たない。
気が付くとどうだろう。
雪が降って ⇒ 嬉しい
そんな感覚があったことを
スッカリ忘れて何年かを過ごしている。
前回、雪が降ったこと日のことすら全く覚えていない。
雪だるまを作ったとか、雪合戦をしたとか、
そんなことが一大イベントだった
幼い記憶は何処へやら、僕は雪が降ると
交通機関の乱れや、街の混雑、歩行の安全を考えるようになった。
そんなことを考えながら駅まで歩いていると
雪に触りたくて仕方が無く、精一杯に手を広げる、
お母さんと手を繋ぐ女の子を見かけた。
その一瞬の光景が、僕に何かを思い出させてくれた。
人生って本当に何かの切欠だと思う。
何かの瞬間に気が付くことが出来る。
ちょっと真面目な文章になったが、
まぁ、2008年の自分に対してのメッセージとしては悪くない。
あくまで自然体で邁進出来る1年にしたい。
S
久しぶりと言うか、2008年になって20日が過ぎ、
初めてまともな言葉で、メッセージを残そうとする
自分の怠慢さに何の言葉も無い。
幼い頃、楽しみにしていたことがあった。
冬になって雪が降ると、何だかいつもと
違った風景に胸をワクワクさせていた。
月明かりが雪に反射して薄っすらと明るい夜。
学校へ向かう途中に踏みしめる雪の音。
雪遊びで手袋から雪が染みてくる冷たい感覚。
雪がゆっくりと大地に降り注ぐ幻想的な風景。
誰も踏み入れていない積もる雪を見ると
それを目掛けて一所懸命に走っていった。
窓から雪が降っている光景を教室から眺めながら、
「もっと降って欲しいと、もっと積もって欲しい」と
心から願い、休み時間明けの雪合戦に備えていた。
そんな雪が、今日、関東地方に降った。
僕の記憶では、ここまで降るのは久し振りだろう。
と言っても、積雪は5cmにも満たない。
気が付くとどうだろう。
雪が降って ⇒ 嬉しい
そんな感覚があったことを
スッカリ忘れて何年かを過ごしている。
前回、雪が降ったこと日のことすら全く覚えていない。
雪だるまを作ったとか、雪合戦をしたとか、
そんなことが一大イベントだった
幼い記憶は何処へやら、僕は雪が降ると
交通機関の乱れや、街の混雑、歩行の安全を考えるようになった。
そんなことを考えながら駅まで歩いていると
雪に触りたくて仕方が無く、精一杯に手を広げる、
お母さんと手を繋ぐ女の子を見かけた。
その一瞬の光景が、僕に何かを思い出させてくれた。
人生って本当に何かの切欠だと思う。
何かの瞬間に気が付くことが出来る。
ちょっと真面目な文章になったが、
まぁ、2008年の自分に対してのメッセージとしては悪くない。
あくまで自然体で邁進出来る1年にしたい。
S
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